Setsuko Chiba 千葉節子 Art Heart Gallery 

やわらかな
あたたかな
いのちのひかりをともに呼吸し、わかせながら。。。

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 PHILOSOPHY and CRITICS by Setsuko Chiba

Philosophy about FUKUSHIMA SKY

3・11とFUKUSHIMA SKY
~空はいのちをつないでいる~
by Setsuko Chiba 千葉節子




見るという行為には、その人のインヴィジヴルな哲学の匂いが漂う。
それは、大乗仏教に描かれる次に引用する説話の意訳が物語る。



~同じインダス河の水も、暗く閉ざした命の瞳には火と映り、平らな、穏やかな命には水と映り、開かれたおおらかな瞳には甘露と映るのである。



「見る」という行為を通して私達が受け取るものは、実は、私達が普段意識していないものをも含めた私達自信の命の状態なのである。
それは、例えば、想定外の試練に置かれた時、その状況を絶望と見るのか、あるいは「今と未来のための変革の機会」と見るのかでは、その後の人生が全く異なるものになることを思い出して見た時に、用意に想像できることではないかと思う。


「見る」という行為には、命と人生へのメッセージが自ずと現れるのだ。
それを他者の瞳というパブリックな空気に触れさせる作品というミディアムに変容させた時、「見る」という行為にはインフルエンスであるが故のある種の責任が生まれる。
それは、世界史に今も燦然と輝く良心ある科学者や、優れた詩人や芸術家や宗教家達が皆そうであるように、人間と生命に対する飽くなき慈しみという大いなる愛を知る者達の使命であると思う。
その使命の扉を開いた時、自己に囚われるが故に生まれる痛みの苦悩から私達は解放され、自らが開いた大きな愛の扉のそのとこしえの包容力に、自他共に包まれ、輝きゆくに違いない。
そして、その大いなる愛というミッションが存在するが故に、私達人類は、成長という最も大切な人生の幸せへ、自らを向かわせてゆけるのだと思う。



3・11後、美術家として、写真を用いたフォトアートプロジェクト、「FUKUSHIMA SKY」に取り組み始めた時、福島県に暮らす私は、このミッションを自らの捜索の背骨に置いた。
早い時は朝の4時半に家を出て、夕方は日没過ぎまで撮影を続けている。


この度ご覧いただくものは、僅かなささやかなフラグメンツであるのだが、プロジェクト「FUKUSHIMA SKY」が写そうとするものは、目に見えない放射能の恐怖だけではない。
どのような状況下にあろうと、自然という生命の大宇宙から私達人類は、尽きることのない美と恵みと生きることの真理を与えられているという真実である。
どれほどの痛みと苦悩の闇におかれようとも、希望という魂の大空を人々から奪うことはできないという、人類史が照明する一つの真実なのである。
と同時に、その希望の大空は、昇りゆく日の出を伴い、瞬時もたゆむことなく未来へ向けて生まれかわりゆきながら私達ひとりひとりの命の裡に常に存在するという、いき生かされていることの摂理なのである。





「本当に大切なものは目に見えないものの中にあるんだよ」
童話、「星の王子様」を描いたサン・テグジュペリのあまりにも有名なこの言葉の普遍性は、見えないものを見ることがいかに大切であるかを物語るところにある。
それは、大乗仏教に説かれる仏眼(心をみつめ、理解する目)と同じ、命の価値の恒久を知る眼差しを指すのである。


この目の存在が、実は、気がつかないでいるだけで、誰の命の中にもあることに気づき、開かれゆく時、世界は、原発や核兵器を持たなくても生きてゆける世界になるのだと思う。
地球という美しい青いマーブル模様の硝子細工のような惑星の、誰もが愛すべき平和な幸せの未来の姿への扉の一つを、このプロジェクト、「FUKUSHIMA SKY」がみつめ、そのミディアムとしての写真という映像の瞳に表し、伝えてゆけることを、生命の大宇宙に生き生かされる全ての命ある者の一人として、深く願うのである。






*【3・11とFYKUSHIMA SKY~空はいのちをつないでいる~】(「DRUG」 no.23/2013年7月18日刊)より抜粋。
雑誌に掲載している【FUKUSHIMA SKY】】の写真は、本ページでは省略させていただきました。何卒ご理解の上ご了承いただけますようお願い申しあげます。





Critics about Yoshiichi Hara

写真家、原芳市 「常世の虫」 
Tokoyo-no-Mushi by Yoshiichi Hara
 Photograhy




原芳市は、「祈り」という魂の行為を、その寓話的な作品のベースメントに感じることができる文学的素養を携えた国内では数少ない写真家の一人である。


新宿のサードディストリクトギャラリーでは、そんな原芳市の祈りの物語りが、今を遡ることおよそ1000年の昔に起きた国内最初の宗教弾圧とも囁かれるあるsh実を巡るエピソードにインスピレーションを受けながら、静謐なモノクロームの作品を通して現代を舞台に繰り広げられていた。


あの、すでに古典となったカフカの小説などが良い例なのだが、虫は、そのメタモルフォーゼの特質により、良くも悪くも変身願望のメタファーとして、古来より人間の営みにおいて引用されてきた。
一寸の虫にも五分の魂と言われるとおり、指先ほどの大きさでしかない地上を這う生き物が、機が熟せば優雅な羽を広げて空を飛ぶ様子は、時代を超えて人々の心を揺さぶる力に満ちているのである。

それ故、古の日本において信仰の対象となった虫(おそらくは揚羽蝶の幼虫)と、それを崇める当時の人々の様子を描いた記録としての言葉の世界に、原芳市は、文学的な考察を廻らせ、写真というヴィジュアル表現のノートの上に自らの解釈と「祈り」のあり方を詳らかにし、更には、未来への不安や恐れが拭い切れないまま21世紀を歩む今日の私達人類へ向けて、彼なりの希望のメッセージを託したのではないだろうか。




そんな原芳市の祈りを紐解くキーワードのような写真が、ギャラリーの壁面に何枚か置かれているのを記憶している。

一枚は、二匹の蛾が宙を舞うような写真。
もう一枚は、すやすやという寝息が聞こえてきそうな、繭を連想させる姿で眠る赤ちゃん((原芳市の孫)の写真。
そしてもう一枚は、これは全体の構成の最後に位置した作品であったが、公衆電話に一匹の虫(カミキリムシと思われる)が止まっている写真、である。


コンストラクティヴな抽象的なものが接続詞として時折用いられる全体の構成の中、この三枚には牛側から発光しているような印象があった。
それは、あたかも、生きるとは、どれほど逆らおうとしてみたところで、一人の観念の中だけではなし得ない具体的な行為であることを、私達観客に伝えるために、人生の十字路に置いた生命の信号であるかのようである。
私達観客は、「常世の虫」を通して原芳市が用意した生命の信号が指し示す方向へ自身の今と未来を静かに重ね合わせるのだ。
そこにあるのは、自ら他者と出会い、対話を重ねることで生まれゆき、育まれゆくぬくもりある確かな現実の積み重ねの歩みこそが、即ち生きることであり、また創造のリアリティーであり、そして祈りの根本である、と物語るかのような人生の体温を感じさせる声である。



展示の最後に啓示のように置かれた一匹の無視と公衆電話の写真は、まさに生きることの気づきを得たある人物が、他者である誰かと繋がるために受話器を前にし、深く息をしているかのようである。
その見えない、けれども希望を孕ませた息遣いから始まる人生の次なる舞台に、原芳市の祈りの旅の地図が、より鮮明に描かれてゆくにちがいない。


そのような予感を漂わせる写真であるだけに、今後が楽しみな作家の一人としても、原芳市は存在するのである。


彼が愛する虫たちのように、どのようなメタモルフォーゼを経て、どのような空を飛ぶのか、そのファンタジーを支える彼のリアリティーを見守りたいと思うのである。





*【詩人・千葉節子のアート・クリティーク・ピュアリファイング~Art Critique Purifying by Setsuko Chiba / 写真、『その膨張する生命の宇宙のエコー』から『メタモルフォーゼとしての祈りの旅の地図』】(DRUG23号2013年7月18日発刊)より抜粋